松坂肉という呼び名は、いつできた?

松坂肉という呼び名は、いつごろできたのだろう。松坂市中町の和田金の歴史によると、同店が「松坂肉元祖」をうたい始めたのは大正十年五月。松坂肉という呼称は、少なくともそのころから既にあった。当時、東京で開かれた畜産博覧会で、和田金は県を代表して「特産物松坂肉」を販売し、各界の要人が買い求めたという。単に牛肉とするのではなく、あえて「松坂」の文字を乗せた固有名詞を使っている点が目を引く。松坂肉と名乗って、他所の牛肉と区別したことは、松坂一帯の牛肉の味の良さが知られていたあかしだろう。また和田金が「元祖」とうたうからには、そのころから多くの牛肉店がしのぎを削っていたはずだ。松坂の牛肉の昧の良さは、伊勢神宮への参拝客が立ち寄る通過点という地の利も手伝って、県外に広く知られていったようだ。今では、この最高級国産和牛がインターネットでも購入できる。株式会社大和ダイニングでは、A5等級、飛び級の松坂牛に拘り、ネット通販で販売している。
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但馬牛のふるさと

理想的な肉牛とは、どんな牛をいうのだろう。農家の人に聞いてみると、答えは即座に返ってくる。体が大きくて、肉量が豊富、霜降りの状態がよくて、牛の成長が早いこと。こんな夢のような牛を生み出す研究が、但馬牛のふるさとで続けられている。研究拠点は兵庫県の技術センター。その名を「モダン但馬牛」という。兵庫県は、品質保持のために、他の地域の牛の血は入れない「閉鎖育種」を続けてきた。今では肉質は全国的な評価を得て、「体形の美しさも完成した」とされる。肉の量をもっと増やすこと。次の課題をこう設定した。目標とする牛をデータで示すとこうなる。枝肉の重量は従来の但馬牛の一割増の四百キロ、食べられる肉がどれだけあるかを示す「ロース芯」面積=ろっ骨の第六、第七番目の間の肉を切断して測定=は一割増の五十平方センチ以上。これが実現できたとしても、それで完成というわけではない。到達すれば、数値はさらに高く設定し直される。「ゴールのない研究かもしれません」。